アルコール飲料の売上は年々下がり続けていますが、それに反比例するようにノンアルコール飲料市場は盛り上がりを見せ、昨年のノンアルコール市場規模は過去最大になりました。
主な要因としては健康志向の高まりが挙げられており、コロナ禍でその流れは加速しました。
リモートワーク化が進み、在宅時間が増加。それによって運動不足を感じる人も増えたようです。
また以前は「酒は百薬の長」などと言われ健康面での認識も曖昧でしたが、今ではハッキリと「お酒は体に悪い」との認識が浸透して来たことも挙げられると思います。
そんな中、Z世代を中心に「あえて飲まない」価値観も広がり始め、
これからお酒はどうなってしまうのだろう
と愛飲家の皆様は心配しているでしょう。
今回は人類とお酒の関わり方を1,200万年前から振り返り、更にこれからのお酒との付き合い方についても考えていきたいと思います。
ラストオーダーの時間はもうすぐ来るのかもしれません。
その他参考:食の起源 第4集「酒」 ~飲みたくなるのは “進化の宿命”!?~
突然変異から始まる人とアルコールの関係
ヒト科がヒト亜科とオラウータン亜科に分岐したとされるのが、今から1,400万年前。
それから200万年が経った頃、人類の先祖は果実などを食べながら木の上でのんびりと暮らしていました。
特に不自由もない幸せな生活がこのままずーっと続くと思われていましたが、地球規模の気候変動が起こり生活は一変。大地は急速に乾燥化し、森の木々が次々と消えていったのです。
当然、豊富にあった新鮮な果実も次第に手に入らなくなり、地面に落ちた果実に手を伸ばすしか生き延びる手段はありませんでした。
生きる為にアルコールを摂っていた時代
グルコースやフルクトースなどの糖分が含まれている果実は、地面に落ちた後、発酵が進みアルコールに変化しますが、元々アルコール耐性など持っていない祖先に、それを口にするという選択肢はありませんでした。酔っ払っている間に他の動物に襲われる危険があるからです。
実際に野生のチンパンジーも地面に転がる古い果実は口にしないと言われています。
しかし、食べるものがなかった1,200万年前。僕らの祖先は貴重な栄養源である熟れた果実を食べるしかありませんでした。そして仕方なく口にし続けていると、突然一部の祖先の体内でアルコール分解遺伝子が強くなったのです。
ADH4と呼ばれる遺伝子が突然変異したおかげで、アルコール分解能が40倍程度高くなった祖先は、熟れた果実を口にしても酔う事はなく、安心して栄養を得れるようになっていきました。
そしてこの時から人とお酒の関係は始まっていくのです。
12,000年前から始まる飲みニケーション
トルコ南東部・シャンルウルファ郊外の丘の上に存在する世界最古の遺跡「キョベクリ・テペ」。
1983年に発見された高さ15m直径300mにも及ぶこの遺丘から、石やモルタルでできた20以上の建造物が発掘されました。
研究者を驚かせたのはその年代。なんとキョベクリ・テペは世界四大文明より7,000年も古く、中には12,000年前に建てられたものまであったのです。
発見された石柱の表面には動物やシンボリックなレリーフが刻まれおり、神殿(宗教施設)なのではないかと考えられています。しかし当時は狩猟・採集生活をしていたはずです。
定説では「農耕が始まり、その後に文明・宗教が生まれた」となっている為、狩猟・採集生活時代の遺跡から宗教施設が出てくるはずはなかったのです。キョベクリ・テペの発見はこれまでの歴史観を完全に覆す事になりました。
いつの時代も仕事終わりには飲みたくなる!?
大きなもので高さ5m以上、重さ10トンを超える石柱を使って、これだけ大規模な神殿を作るのには、相当な人手が必要でしたが、この場所に誰かが住んでいた形跡は見つかっていません。
人々は百数十キロ離れた村々から集まり、長い年月をかけてこの神殿を作り上げたのです。
そして異なる部族同士をまとめ上げ、一致団結する力を生み出したのが、「お酒」です。
発掘物の中から、石柱や石像の他にも、最大容量160リットルを超える大きな石の器がいくつも発見されました。
その器の表面からは小麦を発酵させた時に出来る物質である「シュウ酸塩」が検出され、当時の人々が小麦から作られたお酒で宴会をしていた可能性が浮かび上がったのです。
あくまで可能性止まりなのが残念ですが、キョベクリ・テペの発掘自体が未だ5%ほどしか進んでいない為、さらなる発見と研究に期待ですね。
次は少し時代を進めて古代メソポタミアの飲酒について見ていきましょう。
当たり前のようにビールがあった6,000年前の古代メソポタミア
「彼は恐ろしい。まるでビールを知らない人間のように」
上記はシュメールの諺です。シュメール人にとってはビールは何処にでもあり、誰もが飲むものでした。
街にはマイクロブルワリー(小規模のビール醸造所)が立ち並び、人々は大麦のビール、小麦のビール、甘いビール、蜂蜜やスパイスの入ったビールなど、様々なビールを楽しんでいました。
お酒の飲み方も今と変わらず、ジョークを言い合ったり、酒飲み競争を繰り広げたりしていた様です。
店舗の経営は必ず女性が行なっており、彼女達は力仕事のビール醸造も兼任していました。支払いは蜂蜜やスパイスとの物々交換で、「ツケ」も頻繁に行われていたみたいです。
さて、誰もが飲んでいたビールですが、もちろん神聖なものとしても考えられていました。
ビール醸造の女神「ニンカシ」
当時の人々は「口を満たす」という意味のビール醸造の女神「ニンカシ」を信仰し、彼女を称える歌を歌っていました。歌詞の中にはニンカシがビールを作っている様子の記述もあるようです。
1989年、マイクロブルワリー革命のパイオニアであるフリッツ・メイタグが率いるチームは、その歌詞を元に当時のビールを再現しました。
醸造時にパンを加える為、トーストやカラメルの風味が強く感じるそうです。
どんな味なのか想像できませんが、日本のビールメーカーから発売されたら飲んでみたいですね。
もしこの記事を読んでる関係者の方がいましたら是非!
様々なビールを作っては楽しんでいた古代メソポタミア。
一方エジプトでの飲酒は神にあう為に行われていました。
神とあう為に飲んでいた5,000年前のエジプト
エジプトといえばピラミッド。
近年ではピラミッドは奴隷に作らせたのではなく、公共事業だったとの説が有力ですが、実際にピラミッド建設に従事した労働者へは「パン3斤」と「ビール4L」が配給されていた様です。
この時代のエジプト人にとってもビールは身近な存在でした。おつまみを提供する居酒屋がすでに存在したとも言われています。
それにしても4Lって多くないか。と思いましたよね?そう、古代エジプト人は男女共にびっくりするほどの大酒飲みだったのです。
「酔っ払い祭り」女神と出会う宗教的酩酊
毎年ナイル河の洪水の時期になると、女神ハトホルと「人類を救ったビールの奇跡」を讃えて「酔っ払い祭り」が行われていました。
夕暮れ時から始まるこの祭りには、大量のワインとビールが振る舞われたそうです。そして一晩中飲んで吐いてセックスをして皆んなが眠りについた後、この祭り最大のイベントが始まります。
まず、お酒を飲まずに待機していた使用人達が、朝日が昇る前にみんなが眠りについている広間に「女神ハトホル」の彫像を移動させます。そして夜明けの最初の光が差し込むのと同時に、太鼓やタンバリンを盛大に鳴らし始めるのです。
すると、体内にアルコールが残り半ば混乱状態の中で叩き起こされた人々の目には、太陽に照らされた「女神ハトホル」の姿がこれ以上ないぐらいに神々しく映し出されるのです。
究極まで酔っ払い、大音量で叩き起こされ、最初に目に映るのは朝日の中で神々しく輝くハトホル。彼らはこの瞬間の為に一晩中お酒を飲んでいたのです。
日本人からしたらそこまで飲み続けられることが凄いと思ってしまいますが、そもそもなぜ日本人はお酒に弱いのでしょう?
6,000年前に突如出現したお酒に弱い遺伝子
ここで飲酒についておさらいしておきましょう。
口から入ったアルコールは、胃で20%・小腸で80%ほど吸収されて血液に溶け込み肝臓に運ばれた後、有害物質「アセトアルデヒト」に分解されます。
このアセトアルデヒトが原因で、顔が赤くなったり気持ち悪くなったりするのです。
そして、アセトアルデヒトをさらに分解してくれるのがALDH2と呼ばれる代謝酵素です。
このALDH2の働きを人種別にまとめたのが上の表。アジア人特に日本人がお酒に弱いことがわかりますね。
いったい彼らに何があったのでしょうか?
お酒に弱くなってしまった日本人
今から6,000年以上前の中国・長江流域。
稲作に適したこの土地に多くの人々が集まって暮らしていました。
当時は衛生環境も良くなかった為、大事な食料に菌や微生物が付着しやすい状況で、それを口にした人の中には命を落としてしまう人もいました。
そんな悪の微生物を攻撃する薬にもなっていたのではないかと言われているのが猛毒アセトアルデヒトです。
ALDH2の働きが弱い(つまりお酒に弱い)祖先の体内にはアセトアルデヒトが増えていき、食料に付着した悪の微生物をやっつけていきます。しかしお酒に強い祖先の体内ではアセトアルデヒトがどんどん分解されてしまい、食料に付着した微生物の方が勝ってしまうのです。
必然的にお酒に弱い人のほうが生き延びる確率は高かったというわけです。
こうして稲作文化と共にお酒に弱い遺伝子が日本に入ってくる事となり、今では日本人の4割がお酒に弱い遺伝子を持つようになりました。
日本人とアルコール
今でこそ日本の食卓ですっかり定番となったワインやウィスキーですが、それらが日本に入って来たのは江戸の後期です。
それまではお酒と言えばお米を使ったものが一般的でした。
では、日本最古のお酒もやっぱりお米なのかと言うと違います。
実は日本最古のお酒はワインなのです。
今から4,000-5,000年前(縄文時代中期)のものと思われる土器が、長野県の八ヶ岳山麓にある藤内遺跡で発見されました。
「半人半蛙文有孔鍔付土器」と呼ばれる高さ51.5cmのこの土器には、アルコールが発酵する際に生成されるガスの出口と思われる穴があり、壺の中にはヤマブドウの種子が付着していました。現在この土器が酒造具ではないかとの説が有力で、そうすると縄文人は果実酒を飲んでいた事になるのです。
「こめかみ」「居酒屋」の語源
弥生時代に入ると稲作文化と共にお酒に弱い遺伝子が日本にやって来たのは先述の通り。今から2,300-1,700年ほど前の事です。
そして、この頃からお米のお酒も作られる様になってきます。
村の男女が集まって、生米を噛んでは吐き出してを一晩中繰り返して作る、いわゆる「口噛み酒」です。物を噛むと動く部分「こめかみ」も「米噛み」が由来になっています。
奈良時代や平安時代では「祭礼や正月などに集団で飲む」場合が殆どだった様で、更には武家や朝廷、僧など一部の特権階級の為の飲み物になっていました。
鎌倉時代・室町時代になると一般に普及し始め、江戸時代には完全に嗜好品として流通ししていきます。
街には造り酒屋やそれを卸して売る請酒屋が増えていきました。
しかし請酒屋から家までが我慢できない江戸っ子達は、買ったその場でお酒を飲む様になっていきます。酒屋に居ながら飲む「居酒屋」は江戸時代に誕生し、町人にお酒を提供していました。早朝から営業しているお店も多く、江戸の人達は朝昼晩と1日に何回もお酒を楽しんでいたのです。
変わるスーパーマーケット、変わる消費者
人類とお酒の歴史についてざっくり振り返ってみましたが、ここからは現在のお酒についてです。
健康志向の高まりを受けて体に良くないとされる食品は生活から消えつつあります。これは砂糖や脂肪だけでなく、アルコールも一緒です。社会がどのように変化しているのか少し見ていきましょう。
売る側と買う側の選択肢
イギリスの王立公衆衛生協会とダイエットをテーマにしている団体スリミング・ワールドは、スパーマーケットが肥満の蔓延に影響を与えているとし、消費者の健康にとって最適なレイアウトをデザインしました。(左が一般的な売場、右がデザインし直した売場)
一般的な売場では、お店の売上をあげる為に非健康的な食品がエンドを占拠していましたが、リデザイン後の売場では脂肪や塩分、砂糖、アルコールといった商品が減らされ、消費者が「うっかり買ってしまう」ことが無いように配慮されています。
逆に消費者側から取れるアクションにも変化が起こっています。
株式会社シグナルトークの提供する「FoodScore」は、「健康度」と言う独自の指標で市販食品の健康への影響を判定するアプリです。消費者は判定結果を元に、今までは分かりにくかった非健康的な商品を簡単に自ら避けて買い物をする事ができます。
また、ロンドンのデジタル企業DnaNudgeは「DNA情報入りのリストバンド」を発表しました。これはその商品が適正な食品かどうかを個人のDNA情報に合わせて教えてくれるガジェットです。
今後AI技術が更に発達していく事で、購買行動は大きく変化していくでしょう。
酔っ払いはダサいという価値観
既にご周知の通りお酒の売上げは年々減少しています。
特にコロナ禍を機に健康意識が更に強まり、お酒からノンアルコール飲料に切り替える人も増えてきました。
サントリー(株)の調査によると、ノンアルコール飲料市場は2015年から7年連続で伸長し、2021年には過去最大規模になったようです。
2009年にキリンビール(株)から世界初のノンアルコール・ビールテイスト飲料「キリン フリー」が発売されて以来、大手飲料各社からも次々と新商品が登場。飲酒においても多様性の波が広がりつつあります。
アサヒビール(株)やサッポロビール(株)からはアルコール度数1%未満のビール(酒税法上は清涼飲料水)も発売されました。
価値観が多様化し選択肢が増えていく。これからの「人とお酒の付き合い方」は大きく変わっていきそうです。
ソバーキュリアス
欧米の若い世代を中心に「あえて飲まない」ソバーキュリアスという価値観が広がっています。
「sober(シラフ)」と「curious(好奇心)」を組み合わせた造語で、2010年に英国出身のジャーナリスト、ルビー・ウォリントンさんが提唱しました。
「飲めない」から「飲まない」ではなく、「飲める」けど「あえて飲まない」のが格好いい。
「飲みたいけど我慢する」禁酒とは違いポジティブな感情から能動的にノンアルコールを選択するのが、ソバーキュリアスです。
日本でお酒を飲まない人(飲めない人も含む)は約4,000万人いると言われ、その内の20代-30代の半数以上が「あえて飲まない」そうです。これからの社会的価値観を創造していく世代が「あえて飲まない」選択をしている事からも、大きな転換期の訪れを感じます。
脱アルコールの未来はくるのか
「目の前にある食品が健康的なのか」「その食品は自分が摂っても良いものなのか」で購買行動が変わる未来になるならば、アルコール入りの食品に手を伸ばす人はいなくなるかもしれません。
現代では、地面に落ちた腐りかけの果実を食べなくても栄養価の高い食品は無数にあるからです。
しかしここまで見てきたように、すでに人類は栄養だけを求めて飲酒をしているわけではありません。12,000年前にはアルコールを使ってコミュニケーションをとり、時には神に捧げ、時には神にあう為に飲酒を繰り返して来ました。
しかししかし、もしこれらの目的を代替品で補えるのだとしたら、本格的に脱アルコール社会に向かっていくと思われます。
例えばアルコールよりも先に健康被害が取り沙汰されて規制の強くなったタバコ。増税されて喫煙場所もあっという間に無くなりましたね。
アルコールの代替品
お酒はコミュニケーションツールとしても長い間使われてきましたが、あえて飲まない世代はお酒をコミュニケーションの道具だとは思っていないようです。
そもそも他の世代よりも繋がりを大切にするZ世代にとって、コミュニケーションはわざわざ飲み会で取るものではないのです。
コミュニケーションに対する価値観の変化は、Z世代だけに起こっているわけではありません。
特にコロナ以降かなり変わるはずです。収束後も人混みに嫌悪感を覚える人は一定数残るはずですし、オンラインが普及したことで対面する意味を感じなくなった人も増えました。
その内、生活自体がメタバースに移行するかもしれません。日本政府ですらムーンショット目標を掲げているくらいです。
そう考えると、アルコールの代替品はもはや物質ですらないのかもしれませんね。1,200万年前から続きてきた人とお酒の関係もいよいよ終わりが近付いてきた気がします。
あなたは最後の一杯を何の為に飲みますか?
それはお酒ですか?
「シュメール人 ビール」を検索してここにたどり着きました。「キョベクリ・テペ」は、初めて聞きました。リサーチしてみます。どうもありがとうございます。
「酔っ払いの歴史」にも書いてあるようですが、我々呑兵衛といたしましては、狩猟採集生活から農耕定住生活へ移った理由が、パンが欲しかったのではなく、ビールが欲しかったのだというのは、非常によくわかる気がします。もっとも、呑兵衛を夫に持った女性は大反対すると思いますが。